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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)60号 判決

東京都港区高輪四丁目一九番七号高輪フラット二〇四

原告

池上由美子

右訴訟代理人弁護士

下村文彦

福田孝昭

伊東惠子

門西栄一

東京都港区芝五丁目八番一号

被告

芝税務署長 市岡冨士雄

右指定代理人

加島康宏

須藤哲右

佐々木正男

小野雅也

古瀬英則

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、平成六年一二月一九日付けでした原告の平成四年分の贈与税決定及び無申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が平成四年分の贈与税について申告書を提出しなかったところ、被告から、同年中に原告が小林義迪(以下「小林」という。)から現金二億三九九六万三七〇七円の贈与を受けたことを理由として、平成六年一二月一九日付けで、課税価格を二億三九九六万三七〇七円及び納付すべき税額を一億五六六五万四一〇〇円とする決定(以下「本件決定」という。)並びに無申告加算税額を二三四九万七五〇〇円とする賦課決定(以下「本件賦課決定」といい、本件決定と併せて「本件各処分」と総称する。)を受けたのに対し、前記贈与の事実はないと主張して、被告に対し、本件各処分の取消しを求める事案である。

第三争いのない事実等

一  当事者等(甲第三号証、第一五号証、第一六号証の一、二、証人小林、原告本人(後記採用しない部分を除く。以下同じ。))

1  原告は、昭和四〇年五月に出生し、昭和五八年一〇月からモデル派遣を業とするGEN企画にモデルとして勤務し、現在はフリーでモデル業を行う者である。小林は、菓子等製造を業とする株式会社東ハト及びレジャー施設の建設等を業とする東鳩総合開発株式会社(以下「東鳩総合開発」という。)の各代表取締役を努めている。

2  原告と小林は平成元年六月ころ、原告の友人の紹介で知り合い、その後交際を開始した。平成二年八月ころには、原告は小林との間の子供を身ごもったが中絶手術を受けた。右手術後、原告と小林の間で、原告のために小林がマンションを購入する旨の話が出るようになった。また、同年九月ころには、原告は東鳩総合開発名義で賃借した東京都港区高輪四丁目所在のマンション「ライトウエル」に居住するようになった。

3  平成四年五月下旬ころ、小林が原告に対しマンションを購入してあげるという話が出た。その後、原告は適当な物件を物色し、結局、別紙物件目録記載の建物(以下「本件マンション」という。)を購入することとし、小林の賛同を得た。

二  本件マンションの売買契約の締結(甲第三号証、乙第二、第三号証、第八号証、第一一号証、証人小林、原告本人)

1  小林は、平成四年六月一九日、本件マンションの購入資金に充てるため、東鳩総合開発から二億三九九八万二九五四円を仮払によって支払を受けた。

そして、同日、買主を原告、売主を三井ホームエステート株式会社(以下「三井ホームエステート」という。)とし、仲介者を三井不動産販売株式会社(以下「三井不動産販売」という。)とする本件マンションの売買契約書が作成された(乙第三号証。以下「本件売買契約書」といい、本件売買契約書に係る売買契約を「本件売買契約」という。ただし、本件売買契約における実質的な買主が誰かについては当事者間に争いがある。)。

本件売買契約書には一〇万円分の収入印紙が貼付されており、同日付けで、三井ホームエステートから売買代金及び消費税として二億三二六三万一三〇五円の領収書と固定資産税、都市計画税等の清算金として七万一六五二円の領収書が、また三井不動産販売からは仲介手数料として六一八万円領収書が、また司法書士船崎久壽からは登録免許税等として九八万〇七五〇円の領収書が、それぞれ原告に対し交付された(以下、本件マンションの売買代金と収入印紙等の諸費用の合計二億三九九六万三七〇七円を「本件売買代金等」と総称する。)。

なお、現実に本件売買代金等の支払手続を行ったのは東鳩総合開発の社員である浅野秘書室長であった。

2  本件マンションには、平成四年六月二二日付けで、同月一九日売買を原因とする原告名義の所有権保存登記がなされており、本件マンションの権利証は本件売買契約締結の後、原告に送付され現在まで原告が保管している。

三  本件売買契約締結後の経緯(甲第五ないし第九号証、第一一号証、証人小林、原告本人)

1  平成五年二月ころ、原告に対し、東鳩総合開発の顧問税理士である小見山満(以下「小見山税理士」という。)から、このままでは本件マンションについて贈与税が課せられることになるので、それを免れるために、本件マンションの登記名義を東鳩総合開発に戻すように要求があったが、原告はこれに応じなかった。

なお、原告は、平成四年度の贈与税については申告していない。

2  さらに平成五年六月ころ、小林からそのころ原告の代理人となった安達一彦弁護士(以下「安達弁護士」という。)に対して、本件マンションの登記名義を真正な登記名義の回復により東鳩総合開発名義とし、他方、原告を唯一の出資者として有限会社を設立して本件マンションの登記名義を右有限会社に売却するという形式をとりたい旨の提案があり、同年七月ころには小見山税理士から、本件マンションを東鳩総合開発に移転するのと引き換えに本件マンションと同等以上の不動産を右有限会社名義で購入することなどの提案がなされ、小林から原告に対し、右提案と同様の内容を記載した同月二三日付けの念書(甲第六号証。以下「本件念書」という。)が差し入れられ、原告は、同年八月五日、原告を唯一の出資者とし、かつ代表取締役とする有限会社シャリマー(以下「シャリマー」という。)を設立したが、原告が本件念書の内容の履行の確保を求めたのに対し、小林がこれに応じなかったため合意には達しなかった。

3  なお、平成五年九月三〇日付けで、本件売買契約締結に当たり小林が東鳩総合開発から仮払の形で支払を受けた二億三〇〇〇万円は小林に対する貸付金に振り替えられた。

4  平成五年一二月、小林から原告に対し、それまでの関係を終了したい旨の話があった。

5  平成六年三月ころ、東鳩総合開発代理人の田中早苗弁護士から安達弁護士を通じて本件マンションの登記名義を東鳩総合開発に回復するようにとの申し入れがあったが、原告はこれに応じなかった。

6  平成六年六月ころには、原告に対する税務調査がされた。その際、安達弁護士は、本件マンションの取得の経緯につき、原告が小林から約二億三〇〇〇万円を期限の定めなく借り入れし、右金員で本件マンションを取得したと説明した。

四  本件各処分等の経緯(甲第一、第二号証)

本件各処分の経緯は別表のとおりである。すなわち、原告は、平成四年分の贈与税について申告をしなかったところ、平成六年一二月一九日、被告から課税価格を二億三九九六万三七〇七円及び納付すべき税額を一億五六六五万四一〇〇円とする本件決定並びに無申告加算税額を二三四九万七五〇〇円とする本件賦課決定を受け、平成七年二月一四日、本件各処分に対する異議申立てを行ったが、同年五月一二日、これを棄却され、さらに同年六月一二日、国税不服審判所長に対し審査請求を申し立てたが、平成八年二月二〇日、これを棄却されたため、同年四月九日に本件訴訟を提起した。

五  本件各処分の算定根拠

被告は、本件売買代金等の資金として小林から原告に対し贈与された金額である二億三九九六万三七〇七円を課税価格とし、右課税価格から基礎控除額六〇万円(相続税法二一条の五)を控除した金額に国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項及び相続税法二一条の七を適用して納付すべき税額一億五六六五万四一〇〇円を算出し、原告は、平成四年分の贈与税につき申告していなかったので、通則法六六条一項、一一八条三項の規定を適用して、無申告加算税額二三四九万七五〇〇円を算出した。

第四争点及び当事者の主張

一  本件の争点は、小林から原告に対する本件売買代金等の資金の贈与の事実が認められるか(争点1)、仮に小林と原告の間に本件マンション又は本件売買代金等の資金の贈与契約が存在するとした場合、右贈与契約が錯誤により無効(争点2)又は書面によらざる贈与として取り消されたといい得るか(争点3)にある。

二  当事者の主張

1  被告の主張

贈与税課税における課税要件たる贈与の有無の事実認定に際しては、第一に財産権の移転が実質を伴っているか否か、第二に財産権の移転が対価的関係に立つ反対給与なしの無償のものであるか否かの検討が必要である。これを本件についてみるに、本件マンションは形式的にも実質的にもその所有権は原告に帰属しているというべきであるし、また本件売買代金等の資金は小林が東鳩総合開発から借り受けたものを原告に贈与したものであり、原告が本件マンションを取得するに際し、何ら対価的出捐をしていないことは明白である。

そして、本件マンションについて、原告名義で本件売買契約が締結され、原告名義で所有権保存登記がされ、原告が居住して使用収益している以上、本件マンションの所有権は原告に帰属したというべきであり、仮に本件マンションの購入に当たって、小林が贈与税の支払も負担する旨合意していたとしても、これが本件売買代金等の資金の贈与契約と一体のものとしてなされた事実はなく、また小林が右贈与契約を取り消したという事実も存在しないから、そのことは原告に対する課税関係に何らの影響を及ぼすものではない。

2  原告の主張

本件マンションの真実の買主は、購入費用の拠出者たる東鳩総合開発である。小林は平成二年ころ、妻と別れて原告と結婚することを約束し、小林と原告の結婚後の住居にするために本件マンションの購入を計画していたが、贈与税対策のために、法人を設立し、本件マンションを当該法人の所有とする予定であった。本件マンションについては原告名義の所有権保存登記がされているが、これは当該法人が設立されるまでの間、名義を貸したにすぎない。

仮に贈与契約が成立していたとしても、それは、本件売買代金等の資金の贈与ではなく、本件マンション自体の贈与契約である。

そして、仮に小林から原告に対して本件マンション自体又は本件売買代金等の資金の贈与が行われたとしても、右贈与契約は、贈与税額に相当する資金の贈与を一体として含む契約であるところ、その後、右贈与税額に関して錯誤があったことが判明したとして小林から本件マンションの登記名義を東鳩総合開発に戻すように求められていたのであるから、右贈与契約は、無効であるし、また、仮に無効でないとしても、一体不可分の内容として含まれている贈与税相当額の資金の贈与の履行が終了していないことから書面によらざる贈与として一体不可分のものとして取り消されたというべきである。

三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第五争点に関する判断

一  争点1について

1  証拠(原告本人及び甲第一五号証)によれば、本件売買契約が、小林から原告に対する本件マンションを購入してあげるとの約に基づいて実行されたものであり、原告は本件マンションを自己の所有とする意思の下に本件売買契約を締結したことは明らかであり、前記第三「争いのない事実等」及び証拠(甲第六号証)によれば、本件マンションの登記上の名義、本件売買契約における買主の名義はいずれも原告となっていること、本件売買代金等の支払もすべて原告名義で行われていること、本件売買契約締結後権利証が原告に送付され、以後原告が保管していること、本件売買契約締結後現在に至るまで本件マンションには原告自身が居住していること、小林が本件念書において「原告所有のマンション」という文言を用い、本件マンションの名義を変更するために原告を代表者とする法人名義で代替資産を購入する提案をしていたこと、東鳩総合開発が小林に対する仮払金を貸付金に振り替えていることが認められ、以上の事実に照らせば、東鳩総合開発が本件売買契約における実質的な買主であり本件マンションの所有者であると認めることはできず、本件売買契約における実質的買主は原告であると認めることができる。そして、本件売買契約の実質的な買主が原告であり、本件売買契約締結と同時に本件売買代金等が原告名義で支払われている以上、本件売買契約に先立ちまたはこれと同時に、小林から原告に対し、本件売買代金等相当額の現金が贈与されていたと認める外はなく、以上によれば、本件売買契約締結の日である平成四年六月一九日付けで、小林から原告に対し、本件売買代金等相当額の金員が贈与されていたことが認めれる。

2  この点、原告は、本件マンションについては、贈与税対策のため法人所有とする予定であったとし、本件売買契約の後に東鳩総合開発から本件マンションの登記名義の回復を請求されたこと及び贈与税の負担について原告と小林の間で明確になっていなかったことを理由として、本件売買契約における実質的な買主は東鳩総合開発であり、原告は単に名義を貸したにすぎない主張する。

しかしながら、本件売買契約が成立する以前の段階で、相続税対策のために本件マンションを法人名義とする話が出ていたという事実は全証拠によってもこれを認めることができず、かえって後記のとおり、本件売買契約の成立する直前である平成四年五月ころには原告と小林の間で原告に生ずべき贈与税の取扱いが話題となったことが窺われるうえ、本件売買契約締結の後においても、東鳩総合開発は本件マンションの登記名義の移転を求めただけであって原告が本件マンションから立ち退くよう求めたという事実は窺われず、証拠(甲第二号証)によれば、原告が平成六年六月二一日付けで被告に対して提出した「お買いになった資産の買入価額などについてのお尋ね」と題する書面及び同年九月ころの原告の被告調査担当職員に対する申述においても、名義貸しであるという主張はされていなかったことが認められるのであるから、この点に関する前記原告の主張は、認めることができない。

二  争点2、3について

次に、原告は、本件売買代金等相当額の金員の贈与契約の外に、右に係る贈与税相当額の金員の贈与契約が原告と小林との間に存在し両者は不可分一体として結びついていたと主張するのでこの点について判断する。

甲第一五号証及び原告供述の中には、本件売買契約の成立する直前の平成四年五月ころに、原告が本件マンションを取得することによって生ずべき贈与税を小林が負担することについて、合意が成立した旨の部分がある。しかしながら、右各証拠からは贈与税の負担が原告と小林の間で話題となったこと、原告においては、何らの金銭的負担なしに本件マンションの所有権を取得することを期待していたことが窺えるが、本件訴状においては、原告と小林との間で、贈与税を誰が、何時、どのようにして支払うか、贈与税の支払方法、支払原資を誰が負担するのかが本件では全く考慮されていないことをもって本件マンションの取得が単なる名義貸しであったことの理由としているところ、訴状の記載が当事者の意思に反したものであることの合理的事情も窺えないから、右各証拠のみをもって、右贈与税相当額の金員の贈与契約が成立していたと認めることはできず、また、仮に贈与税相当額の金員の贈与契約が成立したとしても、本件売買代金等相当額の金員の贈与とこれに係る贈与税相当額の金員の贈与とは、それぞれ独自に経済的価値の移転を目的とし、履行期を異にする契約であって、一方の履行がなくとも経済的利益の移転として独立の法的効果を有するものであるから、特段の事情のない限り、別個の契約と解するのが相当であり、本件において、右両契約が不可分一体の贈与契約として成立したとの特段の事情を認めることもできない。

そして、小林から原告に対し、本件マンションの登記名義を東鳩総合開発に移転する旨の要請があったことは、前記争いのない事実等記載のとおりであるが、その趣旨は、このままでは多額の贈与税が課せられることになるのでこれを回避するために、原告が実質的な支配権を有する会社であるシャリマーを設立し、東鳩総合開発からシャリマーに本件マンションを売却する形式をとるまでの暫定的な方法として提案されたものと解されるものであって、それ以上に原告に対し既に贈与された本件売買代金等相当額の金員の贈与契約自体の無効を主張するものと解することもできないというべきである。

以上によれば、本件では、そもそも贈与税相当額の金員の贈与契約が存在していたと認めることはできず、仮に右贈与契約が存在していたとしても、右贈与税額について小林に錯誤があったという事実を認めることはできず、仮に贈与税相当額の贈与について小林に何らかの錯誤があったとしても、本件売買代金等相当額の金員の贈与契約と贈与相当額の金員の贈与契約とは別個の契約であるから、後者に関する錯誤が前者の無効原因となるものではないというべきである。

次に、本件売買代金等相当額の金員の贈与については、既にその履行が終わっていることについては当事者間に争いがなく、これと贈与税相当額の金員の贈与は、その目的、履行の時期等を異にする別個の契約であることは既に指摘したとおりであり、以上によれば、右二つの贈与契約を一体不可分のものとして、後者の履行が済んでいないことを理由に既に履行の終わった前者について、書面によらざる贈与として取り消されたという旨の原告の主張も理由がないというべきである。

三  以上によれば、小林から原告に対し、本件売買代金等相当額の金員の贈与がされたとして、前記第三、五記載の算定根拠に基づいて被告がした本件各処分はいずれも適法であるというべきである(なお、被告主張を前提とした場合の課税価格、計算及び税額が右のとおりとなることについては当事者間に争いがない。)。

第六結論

以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤丈士 裁判官 水谷里枝子)

別紙物件目録

(一棟の建物の表示)

所在 東京都港区髙輪四丁目参〇番地六九・同番地参五八・同番地参九壱

建物の番号 髙輪フラット

構造 鉄筋コンクリート造ルーフィング葺五階建

床面積 壱階 四九八・四壱平方メートル

弍階 四九四・九四平方メートル

参階 四五五・五七平方メートル

四階 弍七壱・弍〇平方メートル

五階 壱壱壱・七参平方メートル

(敷地権の目的たる土地の表示)

土地の符号 1

所在 東京都港区髙輪四丁目参〇番六九

地目 宅地

地積 参六五・九〇平方メートル

土地の符号 2

所在 東京都港区髙輪四丁目参〇番参五八

地目 宅地

地積 参六四・五七平方メートル

土地の符号 3

所在 東京都港区髙輪四丁目参〇番参九壱

地目 宅地

地積 壱八〇・壱七平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 髙輪四丁目参〇番六九の弍〇四

建物の番号 弍〇四

種類 居宅

構造 鉄筋コンクリート造壱階建

床面積 弍階部分 壱壱〇・五八平方メートル

(敷地権の表示)

土地の符号 1・2・3

敷地権の種類 所有権

敷地権の割合 壱四五弍〇参分の壱壱五五五

別表

本件課税処分等の経緯

〈省略〉

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